あかね雲 〜生きる意味〜
不思議な世界行ったり来たり???
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ニポとゴォ
以前に、ニポがあるものを引き取ったことがある。
あるもの(ゴォ)とは、人を守っていた存在だったが、その人の生き方に
付いていけなくなっていた。
行き場を失っていたゴォを、事情を知っていたニポが引き取ったのだ。

ゴォは神界と妖怪の世界の間にいる存在であり、ニポは引き取ったゴォを
ある山に住まわせている。
ゴォはしばらくひとりでいたが、やはり寂しそうにしていたのだろう、
それに気付いたニポが動いたようだ。

ある日、山の近くに行った私は、それまでにない存在を感じた。

ねぇ、ニポ。どうしたの、ここは?
何かが居るみたいよ。

『そうよ、分かる?』

うん、これは妖怪の波動よね。

『そうなの。
 私ね、ゴォをここに連れてきたでしょう。
 どこにも行けなくなったから連れてきたんだけれど、何しろひとりでしょ。
 私が時々会いに行っていたんだけど、寂しいのはやはり寂しいのよね。
 それでね、私、北海道に行ってカムイコタンに話してみたの。』

カムイコタンと話したの?(懐かしいなぁ)

『うん、そして許可をもらったの。』

何をしたの?

ニポは思い出したのか、笑っている。

『私も自分で、やるもんだなぁ・・・と思ったわよ!』

何をやったのよ?

『北海道のある場所に行ってね、妖怪たちを袋に入れてこの山に連れてきたの!』

ビックリー! そんなことを・・・ゴォのために?
ニポ・・・お人好しなんだね(涙)
妖怪たちは了承したの?

『勿論よ、行っても良いと言うものだけを連れてきたわ。
 だから若いのが多いのよ、ゴォにちょうど良いと思わない?』

ゴォは喜んだでしょう!

『うんうん、喜んでいた!』

妖怪たちを袋に入れて連れてきた・・・ニポの言葉は面白く嬉しく、
私は胸が熱くなり涙が滲んできた。

ニポは厳しいことも言う、はっきりと言葉にする、でもそこに在るのは
本当の優しさだと知っている私は、頷くばかりだった。




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東の長のお誘い。
ある日のこと、友人が「いつか遠野に行きたい!」と言ってきた。

遠野かぁ・・・妖怪の東の長が住んでいるもんね~、私も行ってみたいなぁ。

「行こうよ、いつにする?」

友人は早速日程を調べ始めた。

うん、東の長には誘われているし、行ってみるかな!

私や友人の思いを読んだのか、東の長から正式にお誘いの巻物が届いた。
持ってきたのは、かなり頻繁に我が家の出入りをしている、ひとつ目ちゃんだ。

『姉さん、長からの手紙を預かってきた。
 読んだら返事をくれって、長が言っていたよ。』

紺色に金で模様の描かれた巻物を開くと、長からの文字が書かれている。
とは言っても人間と同じようなものではない。
見えない世界の巻物や書物は、一見すると白紙にしか見えない。
もしも、間違って巻物が人間の手に渡ったとしても、開けば白紙でしかない
巻物には、人間は価値を見出さないだろう。

巻物の白紙の表面には、視るものには分かるであろう波動で書かれている。
巻物に書かれている内容を読んだ私は、ひとつ目ちゃんに伝言を頼んだ

「長に伝えてね。
 お誘いをありがたく受けます。
 日程が決まったら、改めてお知らせしますので、少しお待ちください。」

笑顔で伝える私に、ひとつ目ちゃんは自分の役目を自覚してくれたようだ。

東の長と妖怪たちが待っている遠野、私や友人はどんな体験をするのだろう?
とても楽しみになってきた!!!!!



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前世は姉妹
毎年私は、年に2回タマラ・ヒーリングの研修会で訪れる、
長野県の開田村にある「ひゅって・くらいす」
ここのKさんご家族とは、不思議なご縁で結ばれている。

最初に出会ったのは、娘さんであるAさんだった。
ある人の紹介で我が家を訪れたAさんと出会った、そこから始まったお付き合いだ。

2003年6月3日、私にとっては忘れられない日だ。

この日、Aさんはお母さんと弟さん二人を連れて、我が家を訪れた。
お母さんのKさんと挨拶を交わしたとき、不思議な感覚に捉えられた。

初対面のはずなのに・・・どこかで会っているよね!

ふとビジョンが浮かぶ。

これは弥生時代のこと、木や森や池が視える。
そこに動き回る人々、歩いてきた女性が笑いながら私に話しかける。
あぁ、この人はKさんだ。そしてKさんと楽しそうに話しているのは私だ。
姉妹・・・そしてKさんは私の姉なんだ!

Kさんにそれを伝えると
「そうなの?! それは嬉しいわ!
 随分久しぶりの再会ということになるわね(^^)」

本当に、私は嬉しかった!!!

そこに私の娘が来た。
Kさんご家族に挨拶をする娘を見ていると、またもや前世のビジョンが視える。
Aさんと私の娘は、漢字は違うけれど同じ名前だ。

「ねぇ、二人は前世で姉妹だったよ!」

私の言葉を聞いて、二人のAは顔を見合わせている。
娘がAさんに向かって言う。

「私の方が年下なんだけど、どうも年上のように感じていて・・・」
「実は私もそうなんです。今は私の方が年上なんだけど、どうも年下のように感じます。」
「もしかして・・・前は私の方が姉?」と私の娘。
「私の方が妹ですか?」Aさんの言葉。

その通りだった、Aさんは私の娘の妹として存在をしていた。
私はどちらが姉とも妹とも言ってなかったのに、二人は同時に姉妹の関わりを感じている。
前世ではとても仲の良かった二人、長い時を経て出会い、それと知らずともお互いに
親しみを感じているようだ。

その時からのご縁で、私も娘もKさんご家族と、親しみを込めたお付き合いをしている。
不思議な出会いとご縁、そしてとても嬉しい大切なご縁となっている。





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タマラ・ヒーリング研修会
私は1月25日から27日まで、長野県木曽郡開田村に行ってきた。
御嶽山の麓にある「ひゅって・くらいす」で、二泊三日のタマラ・ヒーリングの研修会だ。
私の友人であるAさんのお母さんと、弟さんご夫婦が経営しているひゅって・くらいす。
いつも温かいおもてなしと、美味しい料理や飲み物と笑顔が待っていてくれる。
道路からずっと奥まった所にあり、たくさんの木々と雪に囲まれた静かな空間。

そこにあるのは自然だけ、何にも邪魔をされない、研修会にはうってつけのヒュッテだ。

26人の仲間たちと私は、くらいすを貸切にして研修会を行った。

広間には薪ストーブがあり、いつも薪が赤々と燃えている。
窓の外には長いツララが下がり、一面の銀世界が眩しい。

遠くは沖縄から札幌から、愛媛や福岡や京都から、大阪から東京から・・・。
参加者は各地から来てくれる。本当に嬉しいことだ。

お互いにヒーリングをしあったり、いくつものテーマについて真剣な話し合いをする。

食事と睡眠と温泉と少しの休憩を除き、話し合いや実践を続ける。

自分の意見や考えだけではなく、様々な人たちの経験や意見や考え方を知り、
自分の生き方や歩あの人たちの生き方を、改めて考えたりする。

27日の朝、ふと外を視ると御嶽山に住む龍が姿を視せてくれた。

『姉よ、今年も来たな。
 せっかくだから姉の弟子たちに、龍体を触らせてやろう。』

えー、龍の身体を触らせてくれるの?

『ワシの身体ではない。』

フフフ・・・まぁ、そうでしょうね。

『ここに娘が来ている。この娘の身体を触らせてやろう。』

そこには私の知っている、白い龍の娘がいる。
私が笑顔を向けると、嬉しそうな波動を送ってきた。

「これから外に出て、歩いてください。
 龍の身体を触らせてくれるそうです!」

私の言葉に、仲間たちは喜んで外に出て行った。
私は部屋の中にいて、くらいすの若いお嫁さんと話していた。

仲間たちが興奮した様子で、次々に帰ってきた。


「触ってきました! 分かりましたよ!!! 」

仲間たちは見えない龍に触ろうと、両手を前に突き出した格好で歩いていたそうだ。
すると次々に左手に何かを感じてきたと言う。
自分の感じたところに自然と立ち止まったらしい。
知らない人から見ると「怪しい集団」になると、皆さんで大笑いをしている。

「そこに何かがある、確かにある、ボワンとしていた、温かかった・・・」

仲間たちが自然に立ち止まった所が、龍の身体の置いていた形になっていたらしい。
私は視ていなかったが、龍が教えてくれた。

仲間たちの感覚も、敏感になっていたのだろう。
思いがけない龍に触るという体験は、真剣に話し合いを続け成長をしてきた、
研修会に参加した仲間たちへの、思いがけないギフトになった。





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パシッ!・・・
本日は、デイジーがお届けします。
ここ数日「幽霊」についてのお話ですので
今日は、私が感じたことのある面白い?体験をお話ししたいと思います。

ある会報誌の仕事だったのですが
風光明媚なリゾート地ばかり行ける仕事で
仕事だけど観光気分で、道中を楽しんでおりました。

その仕事で、その日は箱根に向かっていました。
ぶらり一人旅、な気分で
バスに揺られて、「わー!」「わー!」と楽しんでおりました。

峠を登って平らな道を走り始めたときのこと。
右向いたり、左向いたり、キョロキョロしていたのですが
道が平らになったので、フロントガラスの向こうの風景に目をやりました。

その時です。
ぱしっん!と、何かが私に当たりました。
感覚的には、雪玉です。
雪玉が、ひゅうと飛んできて、ぱしんと当たった、まさにそんな感じでした。

でも、外には雪なんかありません。
それよりも何よりも、それが当たって砕けた瞬間
ものすごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーく
キボチワルクなったのです。

さーーーーーーーーーーーーーっと顔色が冷めていくのがわかります。
体から力が抜けて、前の席に寄りかかりそうになります。
キボチワルイ、キボチワルイ・・・。え、エ、エチケット袋~。
これから仕事だというのにどうしたらいいのよー。

で、かとうさんに携帯でメールして・・・
走るバス、車内の私はそれこそ「ユーレイ」でした。

でも
バスを降りる頃には、ウゲゲな状態は雲散霧消。
「いったいなんだったんだ?」でした。

詳しいことは覚えていないのですが
どうやら何か よろしくないもの とぶつかったようでした。

その時は、何ちゅー災難!と青ざめましたが
おかげで、ある意味で貴重な体験ができました。
話ではきいて知ってはいたけれど
「そういうもんがホントにおる」いうことが、体でわかったからです。

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幽霊と浄霊

ワァ・・・似せて視せることができるのですか?

『本物の霊能者なら、どんなに霊がごまかそうとしても見破ってしまう。
 だから、似せて視せてもわかってしまうがな・・・。』

本物でなければ?

『幽霊が視せたいように、視てしまうだろう。』

でもね、その人は自分が視たものは、そのまま信じるしかないですよね。

『そうだ。証拠のあるわけではなし、証明できるものでもない。
 人間には自分の視ることのできるレベルのことを、
 知ることも認めることも難しいかもしれない。多くはできないだろうな。』

何だか・・・危ない気もするのだけれど・・・。

『その通りだ。』

危ないことを、教えてください。

『一番危ないのは、本人に浄化や浄霊をする力がないのに、
 自分や周囲の思い込みによって、浄化や浄霊をしようとすることだ。』

どう危ないのですか?

『すぐに肉体が損なわれるようであれば、その者も気付くだろうが・・・。
 浄化や浄霊は陰のエネルギーを使う。しかし、本物でなければ
 浄化できるような陰のエネルギーを持って生まれていない。』

浄化や浄霊をするための陰のエネルギー、それは持って生まれたものですか?

『そうだ。持って生まれたもの、浄化の能力を持って生まれた者でなければ
 浄霊はできない。これはDNAの中に組み込まれている能力でもある。』

その能力がなければ・・・。

『能力がないのに思い込みや勘違いで浄化をすれば、
 人間の霊体を損なうことになる。』

霊体を損なうのですか? 
霊体を損なうことによって、肉体にも影響が出てきますか?

『もちろんだ。霊体は少々損なっても、しっかりとエネルギー補給をしていれば
 やがては回復していくものだ。しかし、損なうところが多くなったり、
 エネルギー補給ができないままだと、肉体的なところで影響が出てしまう。』

それって・・・病気になったりするのですか?





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幽霊
私は仏さんに聞いてみた。

幽界に残っている霊は、人間としての意識が強いのですね。

『そうだ。だから視える人間には、人の姿で視せることが多い。』

なぜ人の姿で視せるのでしょうか?

『人間に訴えるには、やはり人間の姿で視せた方が分かりやすいだろう。』

その人が生きていた時の姿で視せると言うこと?

『そうだ。その者が死んだ時の姿で視せることが多い。
 意識は人間のままだから、死んだ時代のままの姿で視せるようになる。』

視える人が、幽霊には分かるのですか?

『視える者は、つい幽霊のいる方を視てしまう。
 姿をより視ようとして、探してしまうだろう。』

あぁ、その気持は分かります。
ついジーッと視てしまったり、眼が離せなくなってしまう・・・。

『人間も自分が見られていると、視線を感じるだろう。
 幽霊ならば尚更だ。視えにくいから、なお視ようとする人間の心理だな。』

怖いもの見たさもあるかも・・・(^^;

『視た目は、良くないな。
 死んだ姿で視せるのだから、顔は青白いし、怪我をしていたりひどい
 格好だったりする。決してきれいだとは言えないだろう。』

それが尚更に怖い!?
例えば、若くして亡くなった霊が、年をとった姿で視せることはあるのですか?

『エネルギー体だから何でもできるように思うかもしれないが、幽界には
 時間というものがない。だから年齢をあげようとは思わないだろう。』

でも、自分ではない他の姿で視せられたこともあるけれど・・・。

『幽界とは冷たく暗い所だ。早く成仏したいと願っている霊も多いだろう。
 供養をしようとする人間が居れば、その人間の記憶から供養をしたいと
 思っている人間の姿を引き出し、その人間に似せて視せることもある。』

アラァ・・・。




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幽霊
私は仏さんに聞いてみた。

幽霊って幽界にいる魂のことでしょう。
仏さんたちには、どのように視えるのですか?

『魂は魂だ、球体のエネルギーとして視える。』

人の形には視えないのですか?

『視る必要がないからな。ただ魂として視るだけだ。』

それで交信ができるのですか?

『それが少し複雑でな。幽界にいる魂とは直接の交信ができない。』

なぜ交信ができないのですか?

『そもそも我らが創られた時には、幽界というものがなかった。
 長い歴史の中で、幽界は霊界に戻らず現世に残った魂のあり場所として
 自然に創られたものだ。我らも闇の世界のものも、誰も手を貸していない。』

幽界って、そんなところだったのですか!

『存在するところがなければ、同じようなものが集まって居場所を作り上げる。
 これも理だろうな。だから現世と霊界の狭間に、幽界が創られた。』

つまり幽界とは、神仏とは関わりのないところで創られた、と言うことですか?

『そうだ。だから我らが直接かかわりを持つことができないのだ。』

・・・そうなんだ。

『どちらかと言えば、人間の方が干渉できると言って良いだろう。』

それは、なぜ?

『幽界に残っているものは、魂としてよりも人間としての意識が強いからだ。』

幽霊になっても、人間としての意識が強い?

『ウム、人間としての意識が強いから、現世に近い幽界に残ったと言えるだろう。』

幽霊の意識は人間としてのものなの・・・。



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ある会話
アレッ、仏さん、何をしているの?

何かを感じて、私はソファを視た。
するとそこには仏さんが座り、足を組み、私の本を視ている。
何だか人間くさい姿勢だなぁ~(^^;

仏さんも足を組むの?

『いや、別に足を組む必要などないのだが・・・』

そうですよね、エネルギー体として身体を持って視せているだけで、
実際に肉体があるわけではないから、足が疲れるなんてないでしょう。

私の言葉に、仏さんは笑っている。

『姉がやっている姿を真似てみたが、どうだ?』

うーん、人間くさいです(笑)

『人間の真似だからな、ところで姉は本が好きで良く読んでいるな。』

私はSF小説や時代小説が大好きで、毎月買い込んでいくので未読の本が
だんだんと積み重なってくる。

仏さんも本に興味があるんですか?

『いや、興味があると言うのではないが、文章には書いた者の心情が入っている。
 それを視ていただけだ。小説は作り事だが、言いたいことが含まれているな。』

それぞれに主張することがあるもの、それをどう受け取るかも読む人次第でしょうね。

『そうだ、自分の役に立つかどうかではなく、役に立てるかどうかだな。』

あぁ、本も同じですよね。

『しかし・・・見えない世界のことについて書かれている本に、真実は少ないな。』

だって、無理ないですよ。
人間が見えない世界のことを知りうるのは、なかなか難しいことだと思います。
自分に視えたこと、感じたことを書くしかないから・・・。

『そうだ、どのレベルで視て感じているかだな。
 そして、自分で視た感じたことから、自分の思いや考えに結び付けていく。』

はい、それしかないと思います。

『それも人間の思い込みか・・・。』

視ると仏さんは苦笑している。




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霊能者
生きている人間が、霊的なモノに対してできるところ・・・。
人間の持つ陰の力によって、霊能者として霊的なモノをとらえる。

『そこにも仏は力を貸す。』

霊をとらえるのも、仏さんが力を貸してくれるの?

『そうだ。とらえるところに力を貸す。
 人間の持つ陰のエネルギーだけでは、単純に憑いている霊的なモノをはずす
 くらいのものだ。単純に外すだけだったら、仏との約束がなくても少し力が
 あればできる。ただし、そのことを知らずにやっている人間が多い。』

知らずにやっていると言うのはどういうことですか?

『人間は己の持っている陰のエネルギーを、過大評価してしまいがちだと言うことだ。
 己の真のエネルギーの質や力をきちんと知っている人間は、ごく僅かだろう。
 特に霊的なモノに対しての影響力に関しては、大きな勘違いをしていることが多い。』

大きな勘違い?

『そうだ。仏との約束が成されていなのに、力があると世間から評価されている人に
 言われたことによって、自分に力があると思い込んでしまう。
 また、自分の感覚や自分で視るビジョンで、勝手に力があるとも思い込んでしまう。
 つまり本当の己を知らないのだ。』

それって、怖いじゃないですか!

『ところがそう思い込んでいる人間は、本当の怖さを知らない。
 思い込んでやっている間は、感じもしないだろうな。』

思い込み・・・人間の得意とするところかもしれない・・・。





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霊能者

本物の霊能者で、歴史に残っている人を教えてください!

『姉も良く知っている名前だと思うがな・・・。』

そうねぇ、あまり詳しくはないけれど、では、私の知っている人物では?

『役小角、弘法大師、安部清明、日蓮、霊仙など・・・』

あぁ、その人たちなら、さすがに私でも知っています。
安部清明は映画になったほど有名だし、その師である賀茂氏の家系も有名でしょう。
でも、弘法大師や日蓮なども霊能者だったの?
それは知らなかった・・・。

『歴史の表舞台では、霊能者としてよりも僧侶としての功績や活躍の方が残り、
 それが尊敬や信仰を集めていると言えるだろう。それも必要だったのだ。』

他にも本物の霊能者っているのでしょう?

『霊能者としての役目を担ってきた者はいるが、必ずしも歴史に名前が残っている
 ものではない。世間に埋もれて、もくもくと己の役目を果たしてきた者もいる。』

そうなんだ・・・本物とそうではない霊能者は、どこが違うの?

『本物の霊能者は、仏界と約束ができている。
 彼らが浄霊をするにあたって、我らが力を貸す約束がきちんと成されている者だ。
 そして、死神や霊界に呼びかけることができる約束をしている者だ。』

仏界と死神さんと霊界との約束?

『そうだ、人間の力だけでは彷徨っている魂を霊界に送ることはできない。
 人間の使える陰のエネルギーは、霊的なモノと交信をして捕らえるところまでだ。』

エェ~、それから、それから?




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幽界
私は、仏さんに問い掛けた。
幽界に彷徨う、霊界に戻れなかった魂の救済はないの?

元は人間の彼ら、自分勝手な恨みつらみで残ったモノはともかくとして?、
残す家族のことが心配で霊界にいけずに彷徨う霊のことを思うと、私は
思わず何とかしてほしいと願ってしまう。

仏さんは、そんな私に微笑みかける。

『そうだな。
 それに何もしなければ、幽界は残った魂でどんどん膨れ上がってしまう。
 しかし、我ら仏や神が勝手に幽界に手を出すことはならない。
 なぜなら、幽界は人間の思いによって創られた所だからだ。』

では、どうしたら?

『自ら残った人間の魂を救えるのは、やはり人間の思いになる。
 そして、人間が持つことのできる陰の力を使うことになる。』

陰の力?

『そうだ。人間の中にこそ、陰陽の両方の力が存在する。
 その中で自分の使命として大きな陰の力を使い、幽界に残っている
 魂の一部を浄化する力を持った者が、数百年に一度誕生する。』

数百年に一度? いつもではないのですか?

『そんなにいつも大きな陰の力を使う者がいては、人間の世の中のバランスが
 とれなくなってしまう。だから数百年に一度でよいのだ。』

数百年に一度誕生する人って、どんな役目を持っているの?

『本物の霊能者だ。』

本物の霊能者? そうなんだ、歴史に残っているの?




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自殺について
以前にも聞いたことだけど、自殺をすると死神さんのお迎えがないから、霊界には戻れないでしょう。

『ウム、自殺は人生プログラムの中には書かれていない。
 死神は名簿に記載されている年月日によって迎えにくるが、自殺の年月日は
 書かれていないので、迎えにこれない。死神が迎えに来れなければ、霊界への
 道が死者には分からない。分からなければ、彷徨うしかなくなるな。』

彷徨うのはどこなの?

『本来なかった世界だが、残った人間の魂が次第に集まって、幽界をいう次元の
 狭間の存在を創り上げた。霊界に戻らずに残った魂は、人間界にいることもできず、
 存在としては幽界に留まらざるを得なくなっている。』

自殺をする人は、そこまで知らないのでしょうね。

『仕組みを知っていれば、自殺を思いとどまるかもしれないな。』

ところで、日本の戦争で「特攻隊」というのがあったの。

『知っている。』

特攻隊は自ら命を散らしたことになっているんだけど、これは自殺になるの?

『いや、自殺にはならない。』

では、寿命ということなの?

『そういうことだ。戦争という時代に生まれることによって、人生プログラムも
 そのようになっている。特攻隊は志願する者もいるが、命令によって出動した
 者もいる。寿命だからこそ、中には飛行機がとばなかったりして、生き残る者
 もいただろう。特攻隊は自殺にはならないから、死神が迎えに行ったよ。』

そうなんだ・・・でも、特攻隊の霊が残っていることもあったけれど・・・。

『それは自殺で残ったのではなく、家族への未練や心配から残ったことになる。』

ウッ・・・それはかわいそう・・・。

『そうだな、幽界に残っている霊の中にも、人間的なところからみればかわいそう
 と思える霊もたくさんいるだろう。』

そんな霊の救済策はないの?
私は質問を続けた。





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殺人
教えてほしいんだけど・・・殺人は、良くないよね。
良くはないけれど、殺人を人生プログラムの中に書いている人もいるの?

『殺人か・・・。
 人間的に見れば、全く良くないことだ。
 しかし、中には止むにやまれぬこととして、書いてあることもある。』

殺人を許可するの?

『許可ということにはなるが、その道を選ばないような人生の選択を
 するように、指示をしたり導いたりすることはやるな。』

そういう場合の殺人とは、どういうことなの?

『戦争の場がそうだ。
 武器を持ち、やらなければ自分が死ぬ、そのような時は自分が相手を
 殺すことになってしまう。戦争は勝つことを上に求められるからな。』

戦争ね・・・それは私も何とも言えない。
戦争の場では、自分だけ何もしないという訳には、なかなかなれないでしょうね。
他には?

『警官になる予定の者で、人を射殺する場面を書いている者がいる。
 これも自分や他の者たちが、それ以上の危害を受けるのを防ぐ為だ。』

自分や他の人たちの命を守る為の殺人・・・辛いよね。

『人を殺したという罪悪感を、生涯どこかに持ち続けることになる。
 辛い体験をすることにもなる。罪悪感や辛いと思う経験が大切なのだ。』

他に死刑を担当する人もそうなの?

『自分の仕事として、死に手を下す者もいる。
 これは自分の意思で人を殺すのとは意味が違う、しかし、行動としては同じだ。』

ワァ、これも厳しいわね・・・。

『そうだ。しかし、人間の法律として死刑がある以上は、死刑を実行する仕事を
 選ぶこともあるだろう。それも自分のプログラム、つまり経験となるだろう。』

うーん、辛い経験をするように設計しているのね。





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神獣
その日、私は郵便局に行って封書を出し、お昼のパンを買おうとお店に向けて歩いていた。
ちょっと狭い道でもあり、私は真ん中よりやや左寄りを歩いていた。
前後には全く車はいない、私は安心して左側の家の庭を見ながら歩いていた。

気付くと、私はいつの間にか徐々に右側に寄って歩いている。
やはり人は右、車は左なのかな・・・などと思いながら歩いていると、
私の左腕の側に何かを感じる。

ふと視ると、私の肩より少し下のところに、金茶のたてがみが視える。
神獣・・・来てたの?

たてがみに触りたいな・・・と思ったが、両側には家が並んでいる。
車はいないけれど、人は歩いている。
何も無い空間で手を動かしていると「変な人」に見えてしまうかも(><)
そう思って、触りたいのを我慢して歩いていた。

アララ・・・私の思いが通じたのか、神獣は私の左半身に重なって歩いている。

私は左手をほんの少し動かす、左手はたてがみの中を探るようになっている。

柔らかく手触りが良くスベスベとして、でもしっかりしているたてがみ!

いつまで居てくれるの?

『必要なだけ・・・』

そうなんだ、必要なことがあるのね。

『姉は知らなくても良いことだ。気付かなくてさえかまわない。』

そう、ありがとう、お願いします。


神獣が言うように、きっと私は気付かないのだろう、私は知り得ないのだろう。
見えない世界で何があるのか、私には分からないのだろう。
でも、神獣が私のそばにいる必要があるということね。

側にいてくれてありがとう!

私の声にならない言葉に、神獣は低く応えてくれた。




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臓器移植と霊体
テレビのニュースを見ていて、ふと気になった。

今この時代ね、医学が発達しているでしょう、命まで創ろうかということまでね。

『うん、臓器移植までやるようになっているよね。』

臓器移植って、見えない世界から見たら、どうなの?

『どうなのって・・・何が?』

死んだあとに移植をすることがあるでしょう、霊体的には大丈夫なの?
身体の一部分がなくなるということは、来世で欠けた霊体の部分が奇形になるとか・・・。

『あぁ、それはないよ。
 肉体って、死んでしまえば物質なんだ。
 魂が入っているからこそ、肉体としての意味があるんだよ。
 魂が離れてしまえば、その瞬間からただの物質になるんだ。』

死ぬということは魂が離れるわけだから、霊体もないってこと?

『そうだよ。
 霊体のないただの物質だから、その後は何をどうしようとも関係はないよ。』

じゃぁ、亡くなってから臓器移植をしても、何も関係はないのね。

『意味を考えれば、そういうことだね。
 来世はちゃんと肉体を持てるよ。』

生体移植はどう?

『体の臓器は移植しても、霊体の臓器はそのまま肉体に残っていることが多い。
 だから、姉さんは子宮を摘出しているけれど、霊体の子宮はそのままだよ。』

そうね、それは私も感じることがある。
霊体の子宮は残っているんだな・・・ってね。

『そういうことなんだよ。』

では、安心して臓器移植ができるということね。

『所詮は生きている人間のやることなんだよ。』

病気でどうしようもない人の、生きるための希望の一つになっているね。




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出会いと約束
誰もが、自分で決めて来ています。


出会って、友人として過ごす約束の人。

出会って、家族となる約束の人。

出会って、使命を果たす仲間として共に歩く約束の人。

出会って、必要な時間を過ごし、やがてお互いの為に離れていく約束の人。

出会って、愛を知り喜びを知り、やがて苦しみや嫉妬や悲しみを経験する約束の人。

出会って、大切な何かを教え、導いてくれる人。



でも・・・どちらかの道が違って、出会えなくなった人がいるかもしれません。

出会ったけれど選択するものが違って、約束が消えた人もいるでしょう。


会ってみなければ、何もわかりません。

生涯でどれだけの出会いがあるのか・・・まだまだこれから!


たくさんの人たちと幾つもの出会いがあり、幾つものご縁があり、幾つもの別れがあり、
覚えている人、忘れている人、思い出す人、思い出せない人、あーーー人間ってすごいです!!!




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私の不思議体験
私は一度だけ、見えない世界の方に運転を替わってもらったことがある。

それは3年前に、車で長野県木曽郡の開田村に行こうとした時のことだ。

夏休みの7月最終の土曜日で、中央道に向かおうとしていたのだが、
途中から大渋滞にはまってしまった。
まったく動かなくなってしまった車の中で、私は友人たちとメールのやり取りをしていた。

八王子(?)の料金所でのことだ。
ETCの関係で、一番右端のレーンにいた。
ところがナビを見ると、一番左端のレーンに行くように指示が出ている。

え~、どうしよう!
こんな渋滞の中を、右端のレーンから左端のレーンまで行けないよ!
どのレーンもぎっちり車が並んでいる。
右端から左端に移動しなければいけないの?
そんなの・・・行けないよ~!
どうしよう・・・。

次の瞬間、ふと気付くと今までとは違った車が後ろにいる。
おまけに私はハンドルを切っている!
エッ? 私・・・何をした? どうした?

車は一番左端のレーンにいた。

いつの間に・・・どうやって・・・記憶が無い・・・しかし、車は移動している。

誰も何も教えてくれなかった。
タルちゃんに聞くと
『良かったね!』
それだけだった。

未だに何がどうなったのか、さっぱり分からない。
私の本当にあった、不思議体験です。



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人間の持つ能力
ねぇ、聞きたいんだけど、人間の能力っていろいろあるでしょう?

『あるよ、人間は自分の人生において、必ず能力として発揮したいものを
 ちゃんと用意してあるよ。』

能力って、特別なもののように感じてしまうんだけど・・・。

『人間の言う、特別な能力というものも確かにあるよ。』

たとえば芸術的なこととか、スポーツとか記憶力とか、いかにも能力というようなことね。

『他の人の目について、能力って確かに分かるものもあるよ。』

能力とは気付かないようなものもあるの?

『人間にとっては思いがけないことかもしれないけれど、努力をする能力や
 頑張る能力、前向きに考える能力などもあるんだよ。』

え~、努力や頑張りや前向きも能力の中に入るの?

『そうだよ。自分の人生において活かすものが能力なんだ。』

そうなんだ!

『ただし、能力として用意してあっても、自分で磨かなければ活かせない。
 能力というものは、ちゃんと活かせるように磨いたり、向上させたりする
 べきものなんだよ。』

持っているから出るものではないのね。

『その通り、せっかく持っている、用意してある能力なんだから、しっかりと
 活かしてほしいね。能力は活かしてこそ役立つし、喜びとなるものだよ。』

私の能力・・・なんだろう?
でも、必ずあるんだよね、やってみよう、探してみよう、磨いていこう。




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新しい仲間
年末にタルちゃんが任地に赴いて、私の周りは少し寂しくなっていた。
タルちゃんとは本当にたくさんのことを話し、多くの時間を共有してきた。
私の話し相手として、私の導き手として、私の教師として共に過ごしてくれた。

ニポが教えてくれた。

『お姉さんの話し相手が決まったわよ。』

誰なの、それは?

『バリから来た子よ。』

バリから来た子とは、数度話している。
とても几帳面な子で、話す言葉もきっちりとしている。
タルちゃんとはいろいろな面で異なることにも、私は気付いている。

そして、バリの子と改めて話す時がきた。

『ボクが、お姉さんの話し相手になるようにと言われました。』

ニポから聞いたわ、よろしくね。

『はい、よろしくお願いします。』

ところで、私が呼びかけるのに名前が必要なんだけど・・・。

『名前ですか? 
 元々名前はありませんから、お姉さんの好きなように呼んでください。』

そうね、ボク・・・と言うことは男性名前が良いの?

『どちらでも良いですよ。性別はありませんから・・・。』

うん、エネルギー体だもの、性別はないよね。
では、バリの名前にする? それとも日本の名前にする?

『それにもこだわりません。』

ではね、話しを始めた時からひとつの言葉が浮かんでいるんだけど・・・。

『それで良いですよ。それにしてください。』

私の頭に浮かんでいたのはひとつの文字、『若』だった。
それは、ワカミヤなのか、ワカノミコトなのか・・・。

二人で話し合った結果『ワカ』に決めた。

ワカ、これからよろしくね!

ワカは几帳面に返事をして、ニッコリ笑っていた。




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いらっしゃい河童ちゃん10
本日もデイジーがお届けします。

いつだったか、家族三人揃って
お腹がゆるくなったときがありました。
息子がまだ幼児だった頃、食中毒になったことがあり
「まさか・・・」と、私はひとり真っ青になっていました。

でも、食中毒のときのように、
腹痛が酷く、脱水するほどの嘔吐や下痢はありません。
ただ、なんとなくゆるゆるとしている・・・。

かとうさんと電話をしていて
ふとそんな話になった。

私「痛いわけじゃないんですよ、でもゆるい。
 家族全員ですからね・・・。私、なにか変なもの作ったかな」
か「・・・ああ、実はね、河童ちゃんのお母さんが
  日頃のお礼にと食事に一品加えているみたいなのよ」
私「は? そうなんですか。もう、いつも気づかなくてごめんなさい」
か「ただね、お礼の気持ちいっぱいなんだけど
  エネルギーが河童ちゃんと人間では違うから、
  河童ちゃんたちの食べ物は、人間の体では消化できないのよ」
私「??? あ、そういうことですか! だからお腹がみんなゆるいと!
  なーるほど、それだったらわかります。
  ちゃーんといただいていたんだー! ありがとう」
か「ということなので、お気持ちだけ受け取るということで
  河童ちゃんのお母さんにお伝えしましょう」
私「はい、よろしくお願いします」

ということで、お腹のことはすぐに
すっかり忘れるくらい普通に戻りました(^^)
それにしても、どんな料理だったんだろう?
見えていたら・・・って、ついつい思ってしまいます。
河童ちゃんのお母さん、その節はありがとうございました(^^)。




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いらっしゃい河童ちゃん9
今回はデイジーがお届けします。

ここのところ二日晴れて雨もしくは
くもりという感じの東京です。
三連休の空模様が気になるところです。

雨といえば、あれは息子が保育園だったころです。

河童ちゃんの子どもたちは
息子の通園かばんの中に入ったり
私の自転車の前カゴに乗ったりして
おそらくほぼ毎日、一緒に登園していたようです。
(男の子たちね、女の子はお母さんとおうちにいることが
 多かったようです)

雨の日は、自転車には乗せず
カサにレインコート、長靴というスタイルで
保育園までの道のりを歩きました。

なぜカサにレインコートか。
息子にとってカサはアクセサリー。
最初はしっかり持っているのですが
何か気になるものをみつけると、カサが邪魔になる。

なので、黄色いレインキャップも被っていました。
カサも黄色だったかな。レインコートも黄色。
ああ、長靴も黄色でした。全身黄色だったんです(^^)

「河童ちゃんたち、雨が降って楽しいだろうね」

ある雨の日、息子にそう話しかけると
「カッパちゃんもカッパ着てるよ」と言いました。

河童ちゃんがカッパ着てるの?

「そう、黄色いカッパ着てるの」

えー! ほんとなの~!
河童ちゃんが黄色いカッパを着ている様子を想像して
大笑い。どうやら帽子も被っているらしい。

「…って言うんですよ。おかしいでしょう。
 河童がカッパ着てるなんて、くっくっく、洒落てる(^^)」
「Kくんが着てるからね。子どもは真似したいのよ」

かとうさんと話しながら、どの世界でも子どもって同じなんだなあと
思いました。




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シィラ、また会おうね。
先日、私は左手の指を痛めた。
長年放っておいた鍋のこびり付き汚れを落とそうと、指のことなど考えもせず
力一杯に鍋を磨いた結果、勢いあまって左手の指を捻挫してしまった。
鍋を押さえるのに、変な持ち方をしたのだろう。
鍋はピカピカになったが、指が痛んで使えない。

セッセとヒーリングをして人差し指と薬指は回復したが、中指は思っていた
以上に重症だったようで、未だにシップを貼り付けている。

じっとしていれば何ということはないが、うっかり動かすと痛みが走る。
私は指をかばい、おとなしく座ってテレビを見ていた時のことだ。

そっと左手の指を握られた感覚があった。

ンン? と思って左側を視ると、そこにはニカ~ッと笑う顔がある。

『姉さん、痛かったな。』

「お帰り、シィラ!」

シィラは私の指の痛みを知っていたのだろう、そっと握ったままで私に笑顔を見せる。
優しいねシィラ・・・。

「年末に帰るかと思っていたのに、妖怪たちとお正月を過ごしてきたの?」

『うん、帰るつもりだったんだけど、滅多にこ来られないんだから正月を迎えて
 から帰ってもいいだろう・・・と皆が言ってくれたので、甘えたんだ。』

シィラが帰る前には、私のところに挨拶に来ると言っていた。
妖怪たちの所で正月を過ごして、こうして私の前に姿を見せたシィラ・・・。
もう、南の方に帰るの?

『うん、本当は正月前に帰ると言っていたからな。
 それに、もう充分に日本で過ごしたよ。
 また会いたい奴や、行きたい所はたくさんあるけれど、それを言っていたら
 きりがないからな。いつまでもワガママを言うわけにもいかない。』

そうね・・・小丸とも仲良くなったし、あちこちで歓迎されたようだから、
シィラは日本を楽しんだかな?

『うん! とっても楽しんだよ!
 姉さんにも会えたから、向こうに帰ったら皆に話してやるんだ。』

お土産話しもたくさんできたみたいね。
シィラは私の指を握ったままで私に寄り添い、自分が過ごしてきた日本の妖怪たち
との出会いを、とても楽しそうに語ってくれた。

いつ帰るの?

『今夜だよ、迎えのものが来てくれるんだ。』

そう、じゃぁ、さよならを言わなければね・・・。

『言わなくていいよ、オレ、そっと帰るから・・・』

心なしか、シィラの声が少し低くなっているように聞こえた。

何かお菓子を出すね、チョコレートもあるし・・・。

『いいよ、あちこちでたくさん食べてきた。
 オレ、姉さんの指を直してやりたいから、このままでいる。』

うん、ありがとう・・・。
私はいつの間にか、ソファで眠っていたようだ。
目が覚めると、シィラの姿はなかった。
・・・ありがとう、シィラ・・・また会おうね。



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向き合う
わかるかな 自分の人生に向き合うということが

時には 辛いと思うものよ

時には 難しいと思うものよ

時には覚悟がいり 時には勇気も必要となる

時には目をそむけて 安易な方を選びたがることもあるな


どれも分かっている

分かっているからこそ おまえの人生を許したのだ


なぜならば そこに向き合いたいおまえの本心があるからだ

向き合えば乗り越え 

向き合えば解決し 

向き合えば強くなれる

向き合えば得るものがある

そういう自分でありたいことを おまえ自身が望んだからだ

変わることによって 成長したいと望んだからだ


時間はいくらかけても良い

自分の人生の全てをかけても良い

乗り越えたい

解決したい

強くなりたい

その手に 心に掴みたい

そうしたい自分があるからだ


我は視ていよう おまえの心と愛と姿を。




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いらっしゃい雪女ちゃん
いらっしゃい雪女ちゃん



あけましておめでとうございます。
本年初登場のデイジーです。

年末年始と田舎に帰ってきました。
帰省した日の夜、
一夜にしてあたりは雪でまっ白になりました。
お正月は雪の中で過ごしたいと願っていたので
本当に嬉しかったです。

雪。

今回は雪女ちゃんがうちに来たときのことをお話ししましょう。


あれはもう数年前になります。
台所で夕食の支度をしていると
何かがかかとにトンとあたります。
足元には食材の入った段ボール箱をおいているので
最初はそれに足があたっているんだと思いました。

何回かぶつかっているうちに
当たるにしては位置が変だなと思いました。
いつもどおりの場所なら、もう一歩後のはずなのです。

うん?
そこで初めて足元を見ました。
段ボールはいつもの位置にあり、ここと思った位置には何もありません。
あれ?
と、思うのですが、気のせいかなと思ってまた調理を続けました。
でも、何度もトン、トンと当たります。

ぶつかると痛いほど角張った箱じゃない。
どっしり思い箱でもない。
トンと当たるとはずみで少し動くような重量感。

あれ~? なにか当たるんだけど、なんで何もないの?

「あの、今晩ご飯をつくっているんですけど
 何かが足にトンとあたるんです。何か箱のような感じで
 でも、何もないんです。・・・おかしい」

かとうさんに電話をすると、あら☆とうれしそう。
「雪女ちゃんが来てるわよ」
「雪女ちゃん? 雪女ちゃんって本当にいるんだ~?」
「すごいわよ、トロ箱みたいなのに入ってる」
「トロ箱? あの発泡スチロールの?」
「そう、家の中は雪女ちゃんにとっては暑いから、
 トロ箱に入ってしのいでいるのね」
「へー。すごいね! ああ、その箱なのか~!」
「来てることに気がついてほしかったんじゃないのかな」
「ごめんね、気づかなくって」

電話を切って、また台所に立つと
もう足にトンとあたるものはなくなりました。
あたらなくなると、あたってほしいなあって思うのですから
勝手なものです。
トロ箱に入った雪女ちゃん。
想像するとかわいくて、うれしくて、たのしくなりました。

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挨拶に来たさよ
ネコの相手をしていた私の目の前を、誰かが横切った。
次の瞬間パァーッと周囲が明るくなった。

『あけまして おめでとうございます。』

はずんだ声をかけてきたのは、さよだった。
色白の肌に、クリーム色の着物がよく似合っている。
着物の裾には、いくつもの花模様が散らしてある。

「さよ、おめでとう。
 新年の挨拶に来てくれたの?
 その着物、とても似合っているし、とても可愛いよ!」

『ありがとうございます。
 おたまさんが作ってくれました。新年の晴れ着だって・・・。
 そして、おたまさんの所が一段落したので、挨拶しておいでって言ってくれました。』

おたまさんの気遣いがとても嬉しい。
さよの明るさから、さよがどんなにおたまさんのところで幸せに暮らしているかが、
私には分かるから尚更に嬉しい!

光にも闇にも属せない子として生を受けたさよ、縁あって私が拾ったところから
おたまさんにお願いをした。
さよは、動かないおたまさんの世話をしたり、お使いをしたり、用事をこなしたり
しながら日々を過ごしている。

『おたまさんから、新年の挨拶を預かってきました。』

さよは私に巻紙の手紙を渡してくれた。

手紙を開くとそこには年賀の挨拶と共に、さよに対する私の心情を察してだろう、
おたまさんの所で働くさよについて書かれてあった。
何も心配はいらないこと、さよはさよなりの能力があることが書かれてある。

さよの能力? 私は考えてもいなかったことだけれど・・・。

『はい、おたまさんから言われて仕事をしているうちに、私にもできることが
 あると分かってきました。
 まだ未熟ですが、おたまさんからもっと能力を磨くように言われています。』

そうなんだ・・・私は嬉しかった!

手紙には、さよの能力のことと共に
『やがては姉の役に立つであろう。姉は良い子を拾ったものだ。』
と書かれてあった。

良い子を拾った・・・私は胸がいっぱいになった。
さよを良い子に育ててくれているのは、おたまさんです!
さよの能力を見出し、磨くように言ってくれているのも、おたまさんです。

「さよ、おたまさんの所に行けて、本当に良かったね!」

『はい!これもお姉さんが私を拾ってくれたおかげです。
 おたまさんが折りにふれては、私に言ってくれます。
 決して忘れてはいけないよ。 
 さよの今があるのは、あの時に姉と会って姉が抱いてくれたからだ。
 大事そうにさよを抱いていた姉の姿が、使いの者を通して私には視えた。
 姉のさよを思う心が私に通じたから、さよを預かることにしたのだから・・・。』

おたまさんはそう言って、さよに私への恩を教えているのだろう。
あかるいさよの笑顔が、私には眩しかった。




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初詣のその後 2
昨日の続きです。


場面が変わって、てんやわんやの状態が現れました。
大勢の書記が居て、次々と転記したり巻紙にしたりしています。
入れ替わり立ち替わり、新しい巻紙を持ってきたり、出来たものを受け取っては
慌ただしい出入りが続きます。

これは前回に視た、神殿の中で繰り広げられている状態のようです。

控えの間のようなものが視えます。
そこには大勢が座っています。何やら待っているようです。
ここは賑やかです。様々に言葉を交わしています。

そこに巻紙を手にした方が現れ、待っている者に呼びかけます。
するとそれに応じて1人が手を挙げ、立ち上がり巻紙を受け取り軽く礼をします。
にこやかに皆に別れを告げると、すみやかにその場を離れました。

その者の向かう先は、土地神(産土神・・・うぶすながみ)の元です。
この土地神が、皆さんの祈りを叶えるべく、力を尽くすのです。

生まれるとお宮参りをしますね。
この時に氏子として、土地神の戸籍に記入されます。
そしてその人の終生を、この土地神が見守るのです。
たとえ引っ越しをしても、引っ越し先の土地神にそのことが伝えられ、
必要に応じて動きます。

神々は保護者ではありません。
必要以上の手出しも、口出しもしないそうです。
ただいつも見守っています。
その人の人生の選択を大切に思えばこそ、ただ見守っているそうです。
そして本当にその人の祈りが叶えられる時、喜んで精一杯の力を貸して下さいます。

貴方がお宮参りをした神社を訪れる時、たとえ何十年経っていても、
そこの土地神は、喜んで貴方を迎えてくれることでしょう。




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初詣のその後
1日のブログで、初詣のことを書きました。

私はビジョンを思い出しながら
「初詣で書き留められたそれぞれの祈りは、どうなるのかな?」
そう考えていた時です。

ひとりの方がにこやかな笑みを浮かべながら、目の前に現れました。
思わず笑ってしまいました。
私がこの問いかけをすることを、お分かりだったようです。

その後の様子を、またビジョンで教えて下さいました。

前に視た神殿よりもっと大きな神殿のようで、一段高い所に座っているのは、
前に視た方とは違っています。もっとお年のようでもっと威厳があります。

やはり艶のある板壁に囲まれており、半透明の白い薄布が仕切るように張って
ありますが、今はそれが両側に引き分けられています。
その布の前には、それぞれに宝樹の一枝が置かれています。
厳かな空間ですが、とても簡素なものです。

そこから数歩下がった所に、前に視た方が座っています。
その後ろにも、多くの方々が座っています。

一人の方がススッと前に進み出ると、持っていたものを両手に捧げて差し出しました。
それは巻紙になっており、水引がかけられています。

『これは決意表明がなされたもので、今年に叶えられる祈りが書かれたものだ。』

どうやら全国から、書記が書き取ったもの、祈りの叶えられるものを持ち寄っている
ようです。ここまで大きな儀式として行うのは、やはり初詣の時だそうです。
しかし、日常の祈りや決意表明のことも、もっと簡単にではありますが、やはり
同じようにその都度、行われるとのことです。

この儀式により、見えない世界では人間の為のお手配が成されます。

次々とこの行為が続きます。
そして全ての方が終わった時、各々の前にひとつの小ぶりの椀が置かれました。
どうやら人間界で言う「酒」が、入っているようです。

皆様はそれを飲み干し、一礼をすると、静かにその場を辞して行きました。
初詣の後に行われるというこの儀式は、とても静かなものでした。



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お使いは雪女
2日、私はネコの真音を膝に抱き、のんびりとテレビを見ていた。
グレートバリアリーフのサンゴ礁の番組をやっていて、キレイな海の中の様子が
次々と画面に写し出されている。
サンゴは動物・・・なるほどなぁ、と納得しながらサンゴの様子を見ていた。

すると、いきなり身体が冷えてきて私は震えてしまった。
ヒーターをつけて部屋の中は暖かくしてある。

風邪かな? 熱でも出るのかな? 風邪薬はあったっけ? 

次々と考えていると、ますます身体が冷えてくる。
毛布を持ってきてかけたが、少しも暖かくならない、逆に冷えるばかりだ。
変だよ、おかしい・・・。

『これは申し訳ない、寒くなりましたか?』

そこに優しい声が聞こえてきた。
苦笑しながら姿を現したのは、雪女だった!

『お久しぶりですね。』

あぁ、雪んこちゃんを抱っこしていた雪女さん(^^)
わぁ、本当に久しぶりね、元気にしていたの?
フフフ・・・雪女が来たのなら、寒くてもしなたがないわね。
ねぇ、雪んこちゃんは大きくなった?

『新年 おめでとうございます。
 おかげさまで雪んこも元気にしています。』

おめでとうございます。
今日は一緒ではないの? 会いたかったな!

『今日はお使いで来たので、連れてはいないのです。
 また改めて連れてきますね。大きくなりましたよ♪』

雪女は嬉しそうに言う。
お使いって? もしかして東の長からのお使いですか?

『はい、私たちの村も正月を迎えています。
 長は正月行事で忙しいので、私がお使いを言い付かってきました。』

ふーん、妖怪たちの村でもお正月の行事があるんだ、どんな行事なのかな?
すると雪女は頷きながら、まず長からの伝言を・・・と言う。
分かった、先に長の伝言を聞かせてください。

『東の長は、姉に今年のうちに長の所に来て欲しいそうです。』

えぇ~私が長の所に行くの?

『そうですよ、ぜひ今年のうちにおいでください、とのことです。
 私はそれをお伝えに来ました。ぜひに・・・。』

それは嬉しいことだけれど、いつ頃がいいのかな?

『姉が来られる時でよいそうです。
 まず姉の都合があるだろうから・・・とのことでした。
 だから、私は姉が約束をしてくれれば良いことなので・・・。』

うーん、行こうかな、東の長の住む所に・・・。





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お手配
人間が本気で物事に取り組むとき、その先に我ら(神界)が手配するものがあります。

簡単な日常生活のことで、手配をすることはありません。

日常のことは、人間が自分の直感や感情や知恵を働かせて自分で当たります。

本気で取り組むのは、日常の様々なことの積み重ねでもありますが、
そこに本気が働いているのか、つもり・・・の惰性で動いているのかによって、
結果が違ってきます。

手配するものは、本来ならば人間が自ら動いて決めて、取り組むものです。

我らは手配はするものの、そこまで歩き続ける努力を重ねるのは人間です。

初詣で決意をするのは自分にも言い聞かせることであり、我らに伝えることでもあります。

自分の中にある決意をはっきりすれば、手配の準備ができます。

手配を明確にするのも、それぞれの決意と努力によると言えるでしょう。

決意をするのは、人間の喜びでもあります。

決意をしたら、実行することです。
一歩を踏み出すことです。
踏み出す勇気も、人間の中にあります。

我らの手配を活かしてください。





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プロフィール

あかね雲

Author:あかね雲
私が触れた不思議な世界と、ご縁のあった出来事などを気の向くままに書いていきます。

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